石田芳弘氏(犬山市長)
≪講師プロフィール≫

石田芳弘氏(犬山市長)

1945年、愛知県生まれ。同志社大学商学部卒業後、家業の酒屋を継ぐが、1972年に自民党代議士、故江崎真澄氏に見込まれて秘書となる。
愛知県議会議員を経て1995年、現職7000票の大差をつけて犬山市長に初当選。

少人数学級・市独自の副教本作成など公教育改革に積極的に取り組んでいる。

2001年の初めての一新塾講義での言葉は、「皆さんに犬山市を貸席しますから、一新塾で勉強したことを何かやってみたいと思ったら、私のブレーンとしてどんどん提案してください。」

<ご参考>

愛知県犬山市ホームページ

犬山市長のページ



一新塾講義前の講師との打ち合わせ一新塾講義前の講師との打ち合わせ
<講義前>
事務局、当日司会を担う塾生との打ち合わせ風景。
一新塾講義 犬山市長

一新塾講義録(2004年9月29日19:30〜21:30)
「地域からの日本変革」
 石田芳弘氏
(愛知県犬山市長)


■中央集権から地方分権への流れの中で
私は終戦の年に生まれました。
大学を出て親父の跡を継いで自営業を4年。
でもどうしても政治がやりたいと、市長になる志を立てて、衆議院議員の方の秘書を10年やりました。その頃は国会議員は補助金をとってくることだけが存在価値という時代でした。つい20年前は、それが立派なことでした。今は全く様変わりです。今じゃバカにされてしまいますからね。

一新塾を創られた大前先生は先見の明があるなと。私も大前先生の本を読んで「平成維新の会」にかけつけてお話を聞いたもんですがね。あの頃から宮沢内閣の崩壊がはじまって自民党が野党にくだった。そろそろ地方分権ですね、中央集権の天井がみえかけてきましたね。忘れもしない細川内閣ができた1993年です。翌年1994年にこの一新塾ができたということでしたね。

1995年5月に地方分権推進法ができた。ここが分水嶺ですね。がーっと頂上までいって、そこから分水嶺を超えて地方分権が始まったんです。中央対地方の関係が様変わりになってきましたし、世の中の行政のスキームが(分水嶺超えて)徐々に、徐々に変わってきたことを自分の肌で感じています。少子高齢化の人口構造も影響していると思います。それが、この一新塾が発足した時が、振り返ってみますと日本の中央対地方の関係の分水嶺のような、明らかにそういう気がしますね。

■市長になってやろうと思ったこと
まずね、私は県会議員を12年やってましたらからね、県政というのはマンパワーでいうと教育が一番なんですよ。愛知県は県の職員7万人の内、5万人強が教員なんです。小学校、中学校の教員はずべて県の職員です。そして県の教育委員会がものすごいヒエラルキーなんです。県の教育長は、教員の世界では神様みたいなもんですよ。そんな中で12年やっていたので、市長になったら教育をやろうという思いはありました。

私の町は75平方キロ、人口は7万4千人くらい、愛知県の中では人口密度が低い方から二番目くらい。自分の体を通して大体「くっとつかめる」と感じています。町のイメージはというと、生涯学習の教室である、という感じに「くっとつかめる」ようになりました。人生の目的は色々ありますが、一つの目的としてやっぱり「生きるということは学んで成長すること」だという捉え方をするならば、町は最高の生涯学習の教室であると。あらゆるところに刺激するもの、仕掛けがあるんです。どんな町にも潜在能力があるんです。自然があたえてくれた、山川草木、歴史遺産。そういう意味では大都会ほど自立できない、田舎ほど、自立、自己完結ができるんですよ。

大都会は大都会でおもしろいですよ。私は「都会は人がつくり、田舎は神がつくった」という言葉、私は好きですけど。都会というのは人間の可能性に満ち満ちてますね。しかしね、人間より偉大な神の創った田舎は、また面白いんです。山や川、山川草木から受ける知的刺激は強いですよ。どんな鳥が飛んでくるかとか、私は木曽川はいくら見ていてもあきませんね。森の中、歴史遺産。私は町は歴史の時間の経過を遡れる四次元空間だと思っています。そこの中で、生涯学習。人間は死ぬまで成長できる、遺伝子がスイッチオンになれば、いくらでも成長できる。それを、私は自分の町から学びました。皆さんも、よーく町を観察すると、町の使い方っておもしろいですよ。公共空間をうまく使うと実におもしろい。

■自分の町の子供は自分の町で育てる
私の個性としてね、「教育」というものをもういっぺん、自分の町でどういうことができるのかという原点にかえって、比較、教育に力を入れてやってきました。私の考える教育は「自分の町の子供は自分で育てる」ということです。明治の初めの松下村塾というのは、日本国の師弟を教育したわけではなく、長州藩の子供を教育したんですね。地域の人材(子供)を育てたわけです。
その地域の人材が日本国の為に縦横に活躍したんです。地域力がある、人材があるんです。私はそう思いまして、なるべくマニュアルを廃して自立のできる教育をしたいなあと色々考えてきました。まず、教育者が本気にならなくてはならない。
私は市長としては、小学校、中学校の義務教育をどうしていったらいいかと、教育長と二人三脚でやってきました。

一番の問題は、「自発性」だと思います。「気付き」「賦に落ちる」ひざを打つ、(市長自ら膝を打ってパシッと音をさせる)という、人からいわれて説得よりも「納得」です。自分で「あ、そうか」という、「内発生」がないと真の力にならないと。学力というのは絶対に内発生から発するものでないといかんと。学校というのは教えるところではなく、学ぶところですよ。それが内発的なエネルギー、そういうエネルギーを引っ張り出す為の授業を工夫しなくては駄目です。

今の学習指導要領でマニュアル化していたら、絶対に内発的なエネルギーは出てきません。その為には教師が教科書を作り、教師の能力があがれば、と考えました。そこで、副教本を作りたいという申し出があり、そのプロセスの中で教師魂に火がつきました。自分達で作りますからね。教育基本法の中でも郷土愛や愛国心を教えるようにということですが、そんな議論するよりも、自分の町の社会科の教科書を教師が作れば、自ずと郷土愛に満ち満ちた教科書ができると思います。自分の町の神社仏閣、方言だとか教科書に入って、、、。法律で言うよりは、その町の子供はその町で教えるという方針さえ出せば、郷土愛が生まれると思います。

<塾生から犬山市長に政策提言 〜2チーム>
講義後半には塾生政策提言として「教育規制緩和チーム」の藤森修一さんと「政治特区」の尾崎雅輝さんよりプレゼンテーションをさせていただき、視点をいただきました。
一新塾 市長への政策提言 一新塾 市長への政策提言

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