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        一新塾ニュース〜今のニッポンを変えろ!
         【第305号】 発行日:2007年10月4日
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目次
■ 塾生活動レポート  『 被災地復興 〜 議員とNPOの立場から 』 
                   一新塾第8・12・14・20期  桑原 望 氏

■ 第21期説明会!〜市民として、もう一つの顔を持とう!〜
   ◎東 京 10月10日(水) 10月13日(土)ほか
   ◎大 阪 10月6日(土)
   ◎名古屋 10月7日(日)
   ◎福 岡 10月8日(月・祝)
   ◎沖 縄 10月27日(土)
   → http://www.isshinjuku.com/03bosu/b2_sietumei.html

■ 秋の一般公開講座
   10月16日(火)『 社会起業家への道!〜LOHASに導かれて 』
   講師:大和田順子氏(LOHASプロデューサー・LBA共同代表・一新塾OG)
   → http://www.isshinjuku.com/04i_hassin/ev_mosikomi.html

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メルマガ読者の皆さま、こんにちは。事務局の森嶋です。

新潟県長岡市で31歳の若さで市議会議員として奮闘する
 一新塾生 桑原望さんは、まさに“二束のわらじで社会変革!”
挑戦されているお一人です。

数々の自然災害が猛威をふるった新潟で、議員の立場で、NPOの立場
で、市民とともに被災地復興に汗を流しています。
桑原さんからのメッセージです!

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■■■■    塾生活動レポート
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■■      『 被災地復興 』
□         〜 議員とNPOの立場から 〜
                             一新塾第8・12・14・20期
                           長岡市議会議員  桑原 望

  私の原点は、大学時代に小学校建設のボランティアで訪れたラオスにあります。
訪れる前は「貧しい国の人に何か“してあげる”という気持ち」がありましたが、
ラオスの子供たちの笑顔を見ているうちに『お金=幸福』ではないという真実に
気付きました。

帰国した足で長岡に帰省し、駅から自宅までの道中、道行く人の顔を見ながら
思いました。
       「人々がちっとも楽しそうじゃない。なぜなんだ?」

私は故郷と日本の未来を憂い、自宅まで泣きながら歩き、 「政治」という手段を
使って故郷に貢献しようと決意しました。
そして、その後も海外や被災地などで様々なボランティア活動に関わり続けました。

● 史上最年少26歳で長岡市議に当選

卒業後は、故郷に戻り就職し、市長選挙の手伝いや議会の傍聴などをしましたが、
そこで見えたのは、予想以上に深刻な故郷の現状でした。

それまでは、私自身、「まだ若い」と思っていましたが、故郷の現状を見たときに、
「待っている余裕はない」という結論に達しました。
そして、「政治家」は、目的ではなく、手段だということも改めて認識することが
出来ました。
そういったことから、再び上京し大学院に進学し、一新塾に入塾しました。

一新塾で学んだことは多くありますが、素晴らしい講師陣以上に、私にとってプラス
だったのは、同じ熱意を持つ多くの仲間の存在でした。
一新塾には、私のように政治家を志す人だけでなく、NPOや起業家として、
主体的に活動をしている人ばかりでした。一新塾の中では、社会のために主体的に
行動することは特別なことではありませんでした。

一新塾で出会った仲間と共に、2003年4月、長岡市議会議員選挙に立候補し
史上最年少26歳で当選を果たしました。

● 故郷を襲った災害

 議員になってから今日までの間、水害、地震、豪雪と多くの災害が故郷を
襲いました。
学生時代から被災地でのボランティア活動に関わっていましたが、これほどまでに、
多くの災害が故郷を襲うとは思っていなかったのが正直なところです。

● 議員とNPOの立場から

 7.13水害では、ボランティアセンターの立上げや学生時代に代表をしていた
NPO法人国際ボランティア学生協会(IVUSA)と連携を取って、100人以上の
学生ボランティアのコーディネートなどを行いました。
 
その後に起こった中越地震でもIVUSAと連携をとって、様々な活動を行いました。
しかし、被災地の抱える問題を根本的に解決するためには、継続的に同じ地域で活動
を行い、住民との信頼関係を構築しなければならないと感じました。

そこで、震災後、被災地を襲った記録的な豪雪に対して、100人以上の学生が
除雪ボランティアを行いました。一方的にボランティアをするのではなく、住民に
リーダーとなってもらい、スコップの使い方など除雪の仕方を学生に教えてもらいました。

そうすることで一方的にボランティアを「する側」と「される側」といった関係から
共に汗を流す「仲間」になることが出来たのです。
 
その活動の中で、学生がスマトラ沖地震による被災地で活動することを知った住民から、
「同じ被災地として何か出来ることはないか」という申し出があり、住民が集めた文房具
や寄せ書き、千羽鶴をスマトラ沖地震の被災地に、学生を通じて送ることが出来ました。

また、阪神大震災での仮設住宅で育ったヒマワリの種を中越地震での仮設住宅で住民と
学生とで植えました。「全国の皆様に恩返しがしたい」という住民の申し出によって、
仮設住宅に住む住民自らが上京し、小学校などで中越地震での体験を子どもたちに話し、
ヒマワリの種を学校に寄贈しました。

このように過疎・高齢化に悩む地域と都会の学生という普段なら接点のない両者を
結びつけることによって、多くのことをすることが出来ました。

壊れた道路などが元に戻るのは“復旧”でしかありません。
地震の前よりも輝く地域になる、それが“復興”だと考えます。
私は議員として、またNPOの立場として自分にしかできない活動をこれからも行って
いきたいと思っています。

 



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