一新塾25年を振り返る|NPO法人[社会起業・政策学校]一新塾(大前研一創設)

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一新塾25年を振り返る

一新塾25周年

ミッション基軸の全員参加の国づくり (一新塾代表理事・事務局長 森嶋伸夫)

一新塾は2019年10月26日で25周年を迎えることができました。

5300人の塾生の方々の志、導いていただいた500名の講師の方々に心より感謝いたします。

現在、従来の延長線上でない変化が続々と起こっています。
「ME FIRST」エゴが渦巻く国際情勢、環境問題、人口減少、少子化・高齢化、
シンギュラリティ、デジタルディスラプション、経済格差、世代間格差、地域間格差、
地震や台風や異常気象による自然災害も深刻です。
時代の転換点、やはり、個々の市民が立ち上がることの重要性をますます実感しています。

■私の一新塾との出会い

かつて私は建築関係の仕事に携わっていました。
その時、阪神大震災の直後の建物倒壊の現場に訪れました。
焼け野原になったまち。
倒壊した建物。形あるものは一瞬にして崩壊してしまうはかなさを痛感しました。
しかし、そこでは、お互いを支え合う市民の絆の力強さを目の当たりにしました。

「やはり、人のつながり、コミュニティだ!」

一新塾と出会ったのはその直後でした。
コンサルタントから一市民に転身し、ゼロベースでビジョンを描き、 嬉々として日本変革に挑み、身を投じて全力でぶつかっていく大前研一氏の生きる姿勢に衝撃を受けました。亀裂が入りました。

「個人の可能性は計り知れない。
この個人の可能性を大きく広げることが社会変革の一番のトリガーとなる」
とのメッセージが刺さりました。

■生活者ありきの市民セクターを

これまで、社会のけん引役は、「行政セクター」と「ビジネスセクター」でした。
高度成長以降、バブルがはじけるまで、ものすごく機能したこのエンジン。
時代とともに、問題解決のためのシステムは進化しているはずなのに、生み出したのは、業界は潤っても、生活者としては豊かになれない社会でした。

そこで求められていたのは、“業界ありき”ではない、“生活者ありき”の「市民セクター」。
多くの方の共感を得て “生活者主権の国づくりに挑む主体的市民の輩出”を旗頭に
1994年、一新塾が誕生しました。

こだわったのは、一人ひとりの市民の目覚め。全員参加の国づくり・地域づくり。
社会創造の作業は、官僚や政治家など、一部の限られた人たちだけの特権ではありません。
この創造的な心躍る社会創造の作業を、私たち市民の手に取り戻し、
自ら社会ビジョンを描いて主体的に関わっていこう、という精神でした。

翌年95年1月には阪神淡路大震災が起こりました。
市民が相互に支援し合って、この大変な試練に挑んでいきました。
ボランティア元年と呼ばれるように、
日本においてNPO文化が築かれる大きな転換点となる出来事でした。
潮流が生まれることになりました。

■初期の頃の一新塾

講義では、第一線で奮闘する社会変革者の講師の気概に触れ、目が開かれました。
その道の第一人者である講師の方々は、筋金入りの志をお持ちです。
深い専門性と深い知恵をお持ちです。

名もなき一市民であっても、私たちが現場で体験したことや自分の人生と深く向き合ったことをもって、ぶつからせていただくことで、市民だからこその知恵の存在に気づかせていただきました。

「既成概念をオールクリアしよう!」
「ゼロベースでビジョンを 描こう!」

ドン・キホーテのような一見、無謀に見えるチャレンジでも突き抜けた ビジョンであれば「面白い」と仲間が知恵を持ち寄るのです。
この場では、世代もバックグランドも違う者同士が、 主義主張を超えて議論をぶつけあいます。
異質同士のぶつかりあいがある からこそ、計り知れない創造が生まれることを実感する日々でありました。しかし、いくら徹夜で議論を尽くしても、いくら正論を主張しても、それだけでは、社会は変わらない。

「まずは、現場でやってみよう!」 と現場での実験で確かめることにしました。
議論からアクションへ現場主義の風土が浸透していきました。

こうして、政策を作ったらすぐに議員に提言するところまでやっていこう!という気運が盛り上がります。そして、議員や行政に政策提言してみましたが、当時は、「素人がこん な政策を作って何になるんだ」と一蹴されることもよくありました。

どうしたら市民からの政策が政治の世界に反映できるのか、試行錯誤を重ねていきました。

さらに、「社会問題で食べていきたい!」との塾生が急速に増え始め、政策提言のサポートだけでなく、社会起業のためのコ ンサルティングの体制を整えることにしました。
そして、2000年に入り、『政策提言』と『社会起業』と『市民プロジェクト』の3つのコースが生まれました。

2002年の一新塾のNPO化に際しては、闘うシンクタンク環境総合研究所の青山貞一さん、社会起業家の草分け的存在の片岡勝さん、森嶋伸夫の3人の共同代表体制となりました。

■ 3つの変化

NPO化を契機に、3つの変化がありました。

1つ目は、 自前の教室を持つことになったことです。
これまでは、週二日、セミナールームを借りていましたが、毎日、教室が使えることで学びの機会も活動量も数倍に増えました。

2つ目は、独自の方法論の確立です。
「6つの箱」や「タテ軸ヨコ軸羅針盤」など、社会変革プロジェクトを推進のフレームワークが整い、活動を加速させました。

3つ目は、ミッション基軸の徹底です。
徹底的に人生の根っこを掘り下げ、揺るがぬミッション・ビジョンを打ち立てること、プロジェクトの屋台骨に据えることが風土となってゆきました。

もやもやの思いでも、この場に来れば、糸口が見いだせます。
ビジョンを描けます。同志を得られます。自分の使命が浮き彫りになってゆきます。
志を生きるフィールドを発見し、現場に一歩踏み出すことで、プロジェクトが起動します。

これまでに、この場で生まれた社会を変えるプロジェクトは1200を超えました。
政策提言、社会起業、市民プロジェクト、あらゆるテーマ、フィールドは日本全国、世界各国に及びます。この場には、多様な年代、多様なバックグラウンドの方が集いますが、あえて共通点を挙げるとすれば、
「もっと社会のために」 「もっと自分のミッションで」
と志を生きる人生にギアチェンジするタイミングの方が多かったと思います。

これまでの人生を振り返り、旧い自分の殻に亀裂を入れて、新しい生き方を求める人たちです。
仕事をしながら週末市民、週末起業家の方は5000名近く、
社会起業家に転身された方は280名、政治家に転身された方は197名です。

■いよいよ主体的市民の時代へ

これまでは、提供者側、つまり、政府や大企業が圧倒的な力を発揮してきましたが、
ネット社会となり、SNSなどテクノロジーが生活者としての個人をエンパワーする時代となりました。
個人の発信でも共感を呼べば、大勢の人たちとつながり、計り知れないインパクトを社会に与えられる時代です。

個人の突き抜けたビジョンと構想力を発信することで、共感した人たちと新しいコミュニティを生み出し、従来の常識を覆す新しい創造を続々と生み出せるようになってきました。

教育を教師だけに任せるのではなく、
医療を医師だけに任せるのではなく、
政治を政治家だけに任せるのではなく、
私たち生活者が主体的にかかわっていこう。

一新塾創設時に掲げられたスローガンです。

現場に身を投じての奮闘から紡ぎ出された知恵は、次に続く方に手渡されます。
その知恵を使って、次の方が新しい実験に挑みます。
そして、その経験で得た知恵を、また次に続く人たちへと知恵のバトンは引き継がれていきます。

こうした循環が起こり、主体的市民が続々と誕生しています。
一人ひとりの志こそが社会創造の礎です。

一新塾は、これからも、
誰もが志を生きられるコミュニティを皆さまとご一緒に創り続けてまいります。

ミッション基軸の全員参加の国づくりです。


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